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2018/10/05

【水没した倉敷市真備町、新羽・新吉田地区はそっくりの地形 災害は忘れたころにやってくる(地域活動ワンポイント知識)】2018/10/15

資料⇒日本列島は千年ぶりの「大地変動の時代」が始まった
内容

 1 日本列島は千年ぶりの「大地変動の時代」が始まった
 2 平安時代に連続して起きた地震と噴火がそっくり
 3 10年以内の南海トラフ巨大地震発生確率 20~30%

水没した倉敷市真備町と新羽町の地形がそっくり

 7月(2018年)に、岡山県倉敷市の真備町が水没しました。この真備町の地形をよく見ましたら、なんと新羽・新吉田地域とそっくりでした。鶴見川は、新吉田東で早淵川と合流しています。真備町も川が合流しているところで、本流の水位が高すぎて支流が溢れてしまいました。早渕川が溢れると、新吉田東からこの新羽町の交通局車両基地辺りまで水没してしまいます。
 新羽車両基地の横を流れる鶴見川は昔から暴れ川であって、昭和60(1985)年ころまでは、梅雨時と台風シーズンはいつも水が出ていました。水が出ると新田小学校は休校になることもあって、内心嬉しい気持ちを必死で控えていた記憶があります。中学、高校は町田市に通っていたので通わなくてはなりません。自宅から制服のズボンをまくり上げてサンダル履きで、靴と靴下を抱え最寄りの41系統バス停まで水の中を歩きました。
 もし、当時地下鉄があったならば、新羽駅をあざみの方面に発車して左にカーブするところで車窓から眺めたならば、一面が池と映ったと思います。

田んぼだったので、地震の際は液状化が心配
 新羽町の鶴見川に接する平地は、もともと田んぼでした。周囲から低くて新羽町の三分の一が水没してました。今は、その上に工場や住宅がありますので、直下型の地震が起きた場合は、液状化が心配されます。北新横浜から新羽まで地下鉄と併行して走る道路がありますが、その歩道は2011年3月11日の揺れで一部波打ったままになっています。

日本人の「寛容」は自然災害大国に住む気質
 非常事態発生時には「同胞」として助け合わなければならないことを、私たちはご先祖から受け継いでおり、日本人の「寛容」は、自然災害大国の住民としての気質に基づくものでもあります。
 自分が地域活動に関わるきっかけとなったのは、1995年の阪神淡路大震災でした。救助隊の到着や公的な援助が受けられるまでの最初の48時間、まさに命を繋ぐための助け合いは、お隣さんであり地域コミュニティでした。これは、東日本大震災も同じでした。
 ですから、平時でも、そこに住んでいる皆さんの顔が見えるコミュニケーションがあれば、「あの人知ってる、新羽のひとだよ」というだけで、いざというときは安心して助けを求めることができますし、日頃の防犯、安全安心な地域の創造に繋がります。

歴史上の自然災害 
 歴史を嗜むものが共有している情報として、東日本大震災前後からの地震や火山の噴火活動は、今から1149年前の平安時代に発生した貞観三陸沖地震の状況とそっくりだと言われています。その地震から18年後に世界最大の地震とも言われている仁和地震が発生しています。
 今では、大きな地震の発生は周囲に歪をもたらすという研究があり、この横浜でも直下型地震の発生が心配されていますが、仁和地震と同様の南海トラフ巨大地震の発生についても、度々新聞で報道されています。
 平安時代は18年後に巨大地震が発生しました。東日本大震災からまだ7年(2018年)です。災害は忘れたころにやってくる、ではありませんが、まだまだ日頃から公私にわたって、関心を持っていただきたいと思います。

資料⇒日本列島は千年ぶりの「大地変動の時代」が始まった
内容
 1 日本列島は千年ぶりの「大地変動の時代」が始まった
 2 平安時代に連続して起きた地震と噴火がそっくり
 3 10年以内の南海トラフ巨大地震発生確率 20~30%

参考:新羽町自治会役員会資料

(文責:事務局 小松)
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